母乳育児のすすめ
yahooニュースに以下の記事が載った影響もあり、母乳育児についていくつか質問がありました。良い機会ですので、母乳に関しての小児科医としての私の考えをまとめました。
「【成人T細胞白血病ウイルス HTLV1制圧へ】「完全ミルク育児」を推奨 厚労省研究班 母子感染対策見直し」
人工乳ではなく、母乳を与えることのメリットには実にたくさんのことがあります。簡単に言えば、短期的にも長期的にも成長、発達、健康、心理面のすべてに良い影響を与えるということです。
まず、母乳のメリットのうち、代表的なものを挙げてみます。
①完全栄養食である
母乳は人の一生で唯一の完璧な、赤ちゃんにとっての完全栄養食です。完全栄養食とは、それだけで一切ほかのものを追加しなくとも不足するものがなく、人の成長・発達、健康の維持に必要なすべてを含んでいる食べ物です。
②母子間の最大のスキンシップになる
母乳で赤ちゃんを育てることは母子にとって最高のスキンシップです。母親にとっては愛情を与える喜びを感じられ、赤ちゃんにとっては愛情とともに安心感を与えられ、母子の情緒が安定し、精神的にも最高の栄養になるのです。
心理面の発達には何よりも安心感がベースに必要で、他に何がなくともこれさえあれば後は自然に形成されていく面が大きくなります。そのためには、何より母乳を与えることに勝るものはありません。
③感染症に対する予防や治療にもなる
母乳を与えることは、お母さんのもっている免疫力の一部を赤ちゃんに与えていることになります。母乳には様々な免疫細胞や免疫物質(免疫グロブリン(IgA)、リゾチーム、補体、ラクトフェリン、ビフィズス菌成長因子・・・)など免疫力をアップするものが大量に含まれています。免疫力がアップすることにより、かぜ、胃腸炎、咽頭炎、中耳炎、百日咳、膀胱炎、髄膜炎など様々な感染症の予防になります。
感染の予防だけではなく、実際に赤ちゃんがかぜや様々な感染症にかかった時、お母さんが一緒に生活しているならば、通常赤ちゃんとお母さんの両方に感染が起こります。この時、免疫が発達しているお母さんは、いち早く感染に対する抗体(免疫物質)を作り出し、母乳を通して赤ちゃんに与えることができるのです。
母乳は赤ちゃんの感染の予防だけでなく、実際に感染した時に回復を早める作用もあることになります。つまり、母子の共同作業で自らの力で病気を乗り越える力が備わるということです。
④病気にかかりにくくする
母乳には免疫物質が豊富に含まれますので、感染症の予防効果がありますが、そのほかにも、将来のあらゆる病気を予防します。有名なのはアレルギーに対する予防効果ですが、健康に最も重要な腸内細菌を整えることなどにより最終的にはその他のあらゆる病気(膠原病、自己免疫疾患、生活習慣病(高血圧、糖尿病、脂質異常症、肥満、がん)、自閉症など)を予防すると考えられます。
⑤あごの発達を促す
非常に重要です。実際に、母乳保育とミルク保育では赤ちゃんの吸う力とそれに必要な筋や神経の発達が全く異なります。簡単に説明すると母乳を吸う方が、とてもたくさんの力を必要とするということです。
そして、母乳育児はその後のそしゃく(噛む)機能、口呼吸の防止、歯並び、噛み合わせにも良い影響を与えます。ほとんど知られていませんが、口呼吸や歯並び、噛み合わせは成長してからの信じられないほど多くの病気の発生に関与しています。
⑥言葉や知能の発達がよくなる
母乳で育てた子どもの方が人工乳で育てた場合よりも、言葉の発達、知能指数が高くなるという報告がたくさんあります。
その他にも母乳にはたくさんのメリットがあります。
⑦乳幼児突然死症候群を予防する
⑧1日のリズムの形成されやすい(計算でなく、自然にリズムが形成される)
⑨経済的な負担が少ない
⑩いつでも、どこでも与えることができる
以上のことは良く知られていることですが、今回はさらに、あまり知られていない腸内細菌の視点から母乳のメリットを強調しておきます。
⑪よい腸内細菌を育てる
まず、お母さんの乳首にはビフィズス菌が常駐しています。ビフィズス菌は腸内細菌の中のいわゆる善玉菌の筆頭に挙げられるほどの有益な菌の代表です(ほんとは善玉菌も悪玉菌もなく様々な菌が多様にいることが大事なのですがわかりやすく善玉菌と表現しておきます)。
腸内細菌、とくに善玉菌の栄養は糖質であることを何度も強調していますが、腸内細菌が主に栄養にできるのは水溶性の食物繊維、オリゴ糖、多糖類(いわゆるデンプン)の3種類ですべて糖質(厳密には炭水化物)になります。
糖質制限を勧めている人が「食物繊維さえとっていれば他の糖質をとらなくとも大丈夫」と言っている意見を目にしますが、腸内細菌の観点からは全く的外れになります。糖質の中の食物繊維、オリゴ糖、多糖類はそれぞれ役割が異なるからです。
善玉菌の最も代表である乳酸菌やビフィズス菌は、基本的には食物繊維を栄養源として利用できません。その代わりにビフィズス菌はオリゴ糖を最も重要な栄養源にしています。しかしオリゴ糖を一般の食べ物から大量に摂り続けることはとても難しいのです。
母乳には量だけでなく数百種類ものオリゴ糖を含みます。これらのオリゴ糖はなんと赤ちゃんの栄養にはならずに、腸内細菌に食べてもらうために存在しているのです。そして、それぞれのオリゴ糖が微妙に育てる腸内細菌の種類が異なり、赤ちゃんの役に立つ非常に多様な腸内細菌を選択的に育むことができるのです。
通常、サプリメントに含まれるオリゴ糖は1種類か、せいぜい数種類です。しかも不自然な精製過程を経て出来たものです。
さらに多様な腸内細菌は、離乳食が始まる前から腸内に離乳食が入ってくる準備を進めています。母乳(人工乳もですが)は、100%動物性ですが、離乳食を開始すると植物性のものが初めて腸内に入ってきます。腸内細菌はこれに迅速に反応し、すぐに植物性の食べ物に対応できるように腸内細菌の内容が変化するのです。
そしてこの変化は離乳食を開始してからわずか1日というスピードで起こります。離乳食が始まるはるか以前から、オリゴ糖などで多様な腸内細菌を育てていつでも離乳食が来ても良いように準備していたとしか説明出来ません。母乳はこのような変化に子どもが対応できるように強力にサポートしているのです。
母乳は、おそらく人の食べ物で最も多くのオリゴ糖(量も種類も)を含みます。次に多い食べ物が麹から作った甘酒になります。私が甘酒をお勧めするもう一つの理由がここにあります。
赤ちゃんは、授乳のたびにビフィズス菌を取り込み、さらに様々な有用菌を育てるオリゴ糖を大量に摂取することになります。このように、母乳には赤ちゃんにとって必要な腸内細菌を優先的に育てる仕組みが自然に備わっています。
何の計算もなく母乳による育児を行うだけで、これらの過程が自然に沿って行われます。わたしが自然に沿って暮らせばすべての問題が解決するとお伝えしている理由になります。
これが自然の仕組みであり、母乳は人工的に添加されて作られた人工乳ではとうてい及ばない(もちろんカロリーや栄養素の面だけは計算されていますが)まさに自然のたまものなのです。
3歳までに確立される腸内細菌が生涯にわたる健康状態、病気になり易さ、病気になった時の体の反応などの基本的なパターンを決定しています。特に生後すぐに確立される腸内細菌がその方向性を決定すると考えて良いでしょう。腸および腸内細菌の状態が人の健康にとって最も大事なのです。
長い記事になりましたので項目だけにしますが、母乳には子どもだけでなくお母さんに与えるさまざまなメリットもあります。
①子宮収縮を促し、産後の回復が早くなる
②オキシトシン(愛情ホルモン、幸せホルモン)が分泌され赤ちゃんとの愛着形成が進みやすい
③マタニティブルーを軽減する
④乳がん、卵巣がん、子宮がんを予防する
⑤産後肥満の予防
⑥ミルクを作る手間が要らない
⑦更年期障害の予防
このように、母乳には計り知れないほどのメリットがありますので、可能な限り母乳育児(とくに完全母乳)をお勧めします。もちろん、すべての場合に母乳を優先させれば良いという訳ではありません。どうしても母乳が出なかったり、様々な状況により母乳育児を続けられない場合もあるでしょう。母乳育児にこだわるあまりに、母子に悪影響が出るような場合は、母乳を優先させながらも様々な対応を柔軟にとる姿勢も大切です。
今回の記事は、できるだけ母乳育児を続けてもらいたい理由で、母乳のメリットを中心にまとめました。どうしても母乳育児を続けられない場合以外は母乳を与えることのデメリットはほとんどないと言って良いと思います。
離乳食や断乳に関してはあらためて記事にしますが、簡単に説明しておきます。
母乳を止める時期(断乳)に決まりはありません。子どもが止める時期を教えてくれるのが理想ですが(もしくはお母さんが子どもに伝えて)、子どもやお母さんの状態や体調など様々な要因で変わります。体調に問題がなければ、母乳にはメリットはたくさんありますので、何歳まででもで続けて良いということです(子どもの別の欲求を無視してはいけませんが)。
強調しますが、母乳はそれだけ強力な安心感を与えてくれるのです。母乳を与えているかどうかに関わらず離乳食は通常通り進めていくのが良いと思います。
最後に、誤解が伴うといけないので補足させていただきますが、現代の女性は仕事復帰、周囲の環境、産後ブルーと相まってあらゆる産後トラブルに悩みながら育児をされていることも多いと思います。
その時の状況に振り回されない様に、育児する側、支える側の双方に根本的で長期的な見直しと理解が必要です。大きなトラブルが起きてからでは、心身ともに母乳育児を続けられないのは当然かもしれません。母乳育児を妨げる要因(環境、母体、精神面)を、できる限り妊娠中(厳密には妊娠前)に整えておく必要があります。
仕事をしながら無理なく自分のペースで母乳育児ができる方法もあるようです。一大イベントであるお産が母子にとって、本当の意味で納得し、満足できるものであることも大切です。
完璧に母乳育児ができなくとも、出産直後から、たとえ少量でも母乳が与えられる状況をつくってみてほしいと思います。母乳育児に詳しい地域の助産師などに相談してみるとよいかもしれません。