互いの意見を尊重し、多様性を認め合う社会へ

現代社会は全員を一定の枠内に入れ「皆に合わせなければならない」とする風潮がとても強く、多様性を認めにくい社会になっています。そこで、自然に沿った暮らしを選択する上で生きにくさを感じる事が多くあります。

 例をあげれば、ワクチンを打たない、赤ちゃんにミルクを追加したくない、牛乳を飲ませたくない、給食を断りたい、アトピーにステロイドを使いたくない、なるべく薬を使いたくない、発達障害の薬を飲ませたくない、なるべく化学物質や電磁波を避けたい・・・などがあります。

 例えばワクチンを受けない選択をすると社会から「虐待」のように非難を受ける事があります。これは明らかに問題ですが、逆に、打たない選択をした人が打つ人達や勧める人達を批判もしています。 

批判し合うだけでは立場が違うだけで、まったく同じ事をしていることになり、なんら建設的な展開にはなりません。打ちたい人は打ち、打ちたくない人は打たずに、自分とは反対の立場の人々をそれぞれ認め合えば良いだけだと思います。

また、自然に沿った暮らしを選択するのは良いことですが、それを選択しない人達を非難したり、排除してはいけません。これにより、せっかく良い事をしていても逆に孤立したり、特殊な集団の様にとらえられたり、新しい人が入って行けないような雰囲気を作り出します。

 自分の考えしか認めなかったり、他の選択をした人を非難する態度、つまり、多様性を認めない事が、日常生活から国際問題まで現代社会のあらゆる問題の根本にあるのです。

これからの世界は分離から統合に向かいます。分離しているものの統合を果たすには2つの方法があります。

  1. あらゆる多様性を否定して全員を同一のものとすれば全体が同じ一つに統合される
    (一見、皆が平等で便利になりますが、個性や多様性はなくなる)
  2. あらゆる多様性を出し合って全体で一つに統合される
    (この場合1人では一つの事しか出来ないので必然として協力し合う関係になり、自然に統合される)

真っ白なキャンバスに皆で絵を描くことを考えてみましょう。全員が黒色を持つと絵を描こうとしても黒で塗りつぶすことになります。これは絵にすらなりません。一方、全員が違う色を持つとあらゆる可能性の絵を描けます。ただしこの時に自分の我だけを通すと絵になりません(抽象画のようにはなるかもしれませんが)。皆で協力する必要がありますね。

そして1.の方向性がグローバリゼーションで、今は全世界が全速力でこちらに向かっているのが現状です。

ここで言う多様性とは、個性であり、人の持つ可能性であり、自由であり、生きる意味と言い換えてもいいと思います。つまり、多様性を否定する(一つの同じ価値観しか認めないという態度)とは人間の可能性を否定する事であり、存在理由を失う事にもなります。

 つまり、何が良いか悪いかも大切ですが、それ以上に多様性を認めるか認めないかという点のほうが大事になります。

 

このホームページでは、皆が互いの多様性を認め合い、尊重し、気持ちよく暮らせる社会に向けての情報も発信して行きます。

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